作家のつぶやき...日本人の感性に寄り添うステンドグラスとは?

ステンドグラスを始めたいと思った動機はいたってシンプルなものでした。おそらく子供時代に特に気にするでもなく、生活(建物)の一部でしかなかった窓ガラスの記憶が、古民家の窓ガラスを見た途端に鮮やかに蘇ってきたのです。

光に打たれたようなその透明な感覚は、後々に至ってもステンドグラス本来の色ガラス的なイメージとはかなりかけ離れていましたし、今では手に入らない窓ガラスも、ステンドグラス素材としては存在するという、真逆の不思議なものでもあるのです。

 

ガラス素材への関心のみでステンドグラスの右も左も分からないまま、誰に師事するでもなく、この世界に飛び込んでしまったのですが、逆に縛りがない分、必然的に〈日本人の感性に寄り添うステンドグラスとは?〉みたいなことを考え出しました。

自分なりの和の感覚である線、透明感、郷愁、京、シンプル、華、モダン、大胆さ、繊細さ....などということに想いを馳せながら長年この命題と向き合い続け、魚座!の直感だけで進み続け現在に至っているわけですが、キャリア的実感を伴いつつも、やはりその答えはまだ風の中を漂っているようです...

 

ステンドグラスのイメージは〈教会のステンドグラス〉〈窓のステンドグラス〉〈カラフルなランプシェード〉〈色のついたガラス〉〈高そう〉.....様々だと思います。実際に実物をご覧になられた方もたくさんおられることでしょうし、興味の持たれ方も十人十色だと思います。

 

建築用ステンドグラスでいえば日本でも明治、大正時代から先人の作家により制作され、少ないながらあちこちで見ることができます。その中でもいまだに色褪せないモダンな傑作もちらほら散見されます。

にも拘らず建築用ステンドグラスに関しては、困ったことに呼称からして未だに強烈な宗教的イメージが付きまとい、〈ステンドグラスは洋のもの、教会のもの〉という断片的なやりづらさもあるわけですが、それでもティファニーをはじめ、日本の先人達による情熱あふれる多くの作品群のおかげでかなりハードルも下がってきたような気がします。

 

制作の元になるガラスはヨーロッパ、アメリカの職人さんの手吹き、またはマシンメイドによるもの。その種類はかなりの数にのぼり、お陰で例えようもなく美しいものもたくさん手に入るようになり、日本では洋風、和風問わず住宅にも何の違和感もなく取り入れられるようになり、一方で素敵なランプシェードなども作られるようになりました。

 

 今では素材となるガラスは先述のとおりかなりの数にのぼり、11枚ガラスを手に取って眺めてみれば単に〈綺麗なガラス〉〈素敵なガラス〉であるばかりでなく、例えば和紙を思わせるようなガラスとか玉虫色のガラスなども沢山製造されています。作家にとってはとても恵まれた環境といえるでしょう。

 

 さて、もちろんいわゆるステンドグラスを追求することも魅力的なことではありますが、やはり逆にその素材のみに着目するとおもしろい色んな可能性が見えてくるんですね。

 

 

続きは次回に...